ぬるり、とした感触の物が掌にあるやうな気が致しました。さの気持ち悪さに瞳を開けば、そこへ存在してゐたのは赤ひ液体でありました。ぬるりぬるり指の間をすり抜けて私が何時の間にかに寝てゐたベツドを赤く濡らしてゐます。私が静かに上体を起こしますと、目の前へ青空の良く見える大きな窓が御座ゐました。その下へ壁と同じ白ひ色の机が一つ。そして私の寝てゐるベツドがあるだけだでした。部屋自体は広くもなく狭くもなく、私一人のためのスペェスとしては理想的ではありました。腕を伸ばさうとしたら、手首からベツドへ繋がる鎖がじやらりと鳴つたので、よくよく見れば、鎖は私の片側の足首と手首につけられてゐるではありませぬか。はあて、一体誰の仕業でありませうか。私、自慢では御座いませぬが、数多の人の恨みを買つてゐます故皆目検討がつきませぬ。頭を悩ませれば悩ませるほどに、私を此処へ繋ぎ止める人物の顔は複雑になつて行きます。
「起きたのか。」
ドアが開きました。そこからやつて来た、口の端を上げサデヰステヰツクに笑つてゐる男は間違ひなく、私の恋人でありました。恋人は私の隣にまで歩を進めますと、あの冷たい掌で頬を撫でました。やがて恋人は私の唇へ自らの唇をゆつくり押し当てて、乱暴に舌を割り込ませました。恋人の接吻はいつも乱暴で、しかしテクニツクを常に兼ね備えた物であります。この度も私は恋人に翻弄されベツドの上でくたくたになつてしまひました。そんな私の上へ男は跨つて、髪を、冷たひ指で撫でました。見上げれば、悪魔の如く笑う愛しひ男の顔がありました。髪の合間から覗く男の緑の瞳はいつでも氷のやうですが、今はもう怖ひと思ふこともありませぬ。しかし私はどうして、愛しくて堪らなひ恋人に監禁されてゐるのでせうか。尋ねれば男は益々加虐な笑みになつて行きます。
「さぁなぁ。」
さの言葉にははつきりと苛立ちと怒りが顕れてゐたので、恋人と話していて久方ぶりに背筋が凍りました。男はかぶりと首筋に噛みつきます。
「ひ、んっ、」
「これは罰だ。」
足を持ち上げられました。プリーツスカートから露わになつた内股へ、彼の煙草が酷く怠慢な動作で押し当てられます。さの痛みに叫び声を上げますと、さらに強く押しつけられました。
「俺以外と話すな。」
彼は怒つてゐますが、私は痛みを忘れて喜びました。それは嫉妬!!彼が今持つてゐる感情は、ああ嫉妬なのです!そしてさの感情は彼の性格を十二分に反映させた暴力によつて、今発露されているのです。ああ!何ということでせうか!!ああ!なんと可愛さうな人。かの人を受け止められるのは私しかいなひのでせう。愛しひ人!愛しひ人よ!人が私をあなたをなんと定義しやうが問題ではないのです!あなたの歪みきつた暴力の固まりのやうな愛情が私へ一心に降り注ひでゐる、それだけが、今の全てなのです。ああ愛おしひ!あなたは如何して、愛情をさのやうにしか伝えられなひのでせう?私は如何にして、それを伝えられずに喜んでしまうのでせうか!!ああ愛おしひ!
「ジン、好きよ、愛してる、」
二本目の煙草へ火を点けて男は笑ひます。
「煙草を押しつけられて喜ぶとは、とんでもねぇ女だ。」
「ならあなたはとんだサディストよ!可愛い恋人に煙草を押しつけて喜んでるんだから!」
男は言葉と裏腹に嬉さうです。私ももちろん嬉しいので、にっこり笑ひますと男は一瞬怯んでから、私へ拳を振り上げました。あぁ、愛しひ人。どこまでも、どこまで、あなたを許容して差し上げませう。あなたを愛して差し上げませう。とろりとろり、あなたに溶けた瞳で見上げれば、緑の瞳と視線が合います。 その中で渦巻く愛憎が、冷たさが、私の総てを狂わせているのです、あなたは知つているのでせう?

拳と共に落ちてきた愛の篭った自らの名を呼ぶ声に、私は、まう、堪らなひのです。






盲目を繰り返す




20090423
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