奈落の指先が唇に触れる。冷たい、と私が不平をいう前に塞がれた。唇も冷たいな。しかも薄い。奈落の唇を感じながら、目を瞑る。やがて舌がねじ込まれた。舌は外気に晒された唇よりも熱いし、厚い。ギャグではない決して。などと、余計なことを考えていたら奈落に睨まれていた。奈落はそういうところ、うるさいのだ。唇を放した奈落は不満そうな顔をしている。肩を掴んでいた指が離れて、顔の横に置かれる。もう片方の手は、ゆっくりとした動きで髪を撫でている。「仕事、」「早めに終わったと言ったばかりだろう。」「・・・ふぅん」「、」あ、すっごい性格悪いこと考え付いた顔してる。「なに」「お前何か勘違いしているな、」
「わしはお前など好んではいない。お前を抱くのはわしの性欲を満たすためだけだ。その意味が判らぬ程、お前は愚かではないだろう?」
と、奈落は私のカーディガンの釦を一つ一つ外しながら言う。耳元で喋られるとくすぐったい。いつも同じことを喋る奈落を心底愛おしく感じる。
きっかけは今日の朝。起きたときの空気が寒かったから、朝礼の時間に、会いたいとたった一言メールした。お昼休みに返信が来て、忙しいと言われた。年末は忙しい。よく知らないが、彼の会社は特に忙しいのかもしれない。私は奈落と1ヶ月近く会っていなかった。家にもあまり帰っていないようで、奈落の広い部屋で一人過ごした夜は数え切れない。だから、あんなメールを送ったのはほとんど気まぐれで、反応なんて期待してなかった。ただほんの少し彼の心に爪を立ててみたかっただけ。
なのに、彼は今ここで、私のカーディガンの釦を外している。
放課後いきなり車で学校までやってきた奈落は私の腕を掴むなり、車に投げ込んだ。「たまたま仕事が早く終わっただけだ。」私が質問する前に奈落はそれだけ言って車を走らす。行き着いた先は、ホテルで、その部屋の一室には、巨大な水槽が埋め込まれていた。緑色の水草が生い茂るその奥にあるイソギンチャクの間をクマノミが泳いでいる。その周りをベタがゆるゆると移動し、たまに青色のスズメとすれ違った。私が水族館を好きなことを覚えていたらしく、水槽に見とれているとどや顔された。「だったら水族館に連れて行ってよ」「黙れ」ベッドへ押し倒される。我慢していたのは私だけではなかったようだ。覆い被さる男の顔を見て感じた。
そして冒頭に戻り、この台詞である。回想終了。「私じゃなかったらビンタされてるよ、本当に。」首を舐めあげる奈落の頬に手を這わす。男はこちらに顔を向けた。何だ邪魔するなと顔に書いてあった。目がぎらぎらしている。「奈落は可愛いね。」「…やはりお前は何か勘違いしているようだな。」嫌そうな顔をされた。神無さんから頑張る奈落くんメールを、しかも写メ付きでもらったのは黙っていてあげよう。「好きだよ。大好き。」上体を起こしキスをする。写真を撮られていることに気がつかない程に頑張ってくれた奈落くんに。




毒を飲むのも怖くない

20110107
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