奈落は人混みが嫌いだ。
は目の前を歩く男を見た。人混みの中を不快そうにかき分け進んでいく彼の表情をみればすぐにわかる。奈落が雑踏を好んでいないのは誰からも明らかであった。
それなのに、奈落はを人の多いところに連れて行きたがった。桜が咲き乱れる神社、パンダが来たばかりの動物園、どこを見ても人間だらけのテーマパーク。その度に奈落は眉間のしわを濃くし、群がる人々に嘲笑と侮蔑の視線を投げかける。なら、静かなところに行けばいいのに。が愚痴をこぼしたくなるほど、奈落とのデートは人が密集するところばかりであった。
今もは奈落に連れられて鎌倉に来ている。久々のデート。一週間続いた長雨が嘘のように晴れた。祝日のためか人が多い。咲き乱れる紫陽花を眺めながら、は奈落を窺うと想像通りの仏頂面だった。じめっとした暑さに目が霞む。衣服が体にはりつくような感覚が気持ち悪い。は首にかかる髪を鬱陶しそうに揺らした。 人々の熱気で、の額へ大粒の汗が流れる。 それが目に入ったのでは慌てて制服の裾で擦った。汗は目に入ると痛い。しょっぱいからだろうか。海水も目にはいると痛い。は鞄からハンカチを出して、額を拭った。視線をあげた先に、今まで自分の前を歩いていた男はいなかった。奈落を見失った。呆然と立ち尽くすの腕を誰かが引っ張る。「なにをしている。」奈落は不機嫌にの手を握ると歩き出した。「ちょ、はやい、ま、まって、」引きずられるようには奈落の後を追う。彼女は赤くなった耳に気がつかない。だから、彼が自分の手を握れるのは人混みの中だけだなんて、さらに気が付きはしない。






指先からつながる




20110425
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