「ふぅん、私やっぱり桔梗の代わりなんだ。」
は事も無げに言い放った。何時も通りの表情、声のトーン、口調、しかし目が据わっている。「別に知ってたけど。」固まる3人を余所に、はその場を通り過ぎて行った。
そんな恐ろしい出来事から1週間が経とうとしていた。「曲霊、今日」「学校に来てたぞ」ふぅんと、聴いた本人は興味がなさそうに夕刊を目で追っている。しかし今の奈落は『今日の新聞の政治面は?』と聞かれても答えられない。新聞の内容なんてこれっぽっちも頭に入っていないからだ。そんな奈落の様子に白夜は内心ため息を吐いている。一方ここ1週間同じ質問をされている曲霊はそれ以上にうんざりしていた。これ見よがしに大きなため息を吐いている。もちろん奈落が鋭い眼光で曲霊を見たが、彼は何事も無かったようにゲームを続けている。こうして心配も不安もない、てか気にかけてもいないあんな奴スタンスを取り続けた奈落であったが、1週間を過ぎ心が折れかけていた。はそれまで2〜3日おきくらいの頻度で奈落の家を訪れていたのだが、あれ以来1回も来ていなかった。何もなければ彼だって忙しいのかな?くらいに考えて気にも止めなかったかも知れない。しかし奈落の脳裏にあの時のの瞳がちらついていた。そんなに後悔するなら言わなければいいだけの話だが奈落にそんなことは出来ない。しかも携帯電話という文明の利器があるのだから活用すべきなのだが、やはり奈落には出来ない。彼は妥協出来ないしプライドも高い。さらに言えば世界は自分を中心に回っていると考えるような人間である。一方では妥協することを学んでいた。ぶっちゃけ奈落の為である。だからこそ関係性が保持されていたのだが。「ねぇ、奈落さま、」りんが暇を持て余したように奈落を見上げた。「ちゃんいつ来るの?」そのとき奈落の心が折れる音を、白夜と曲霊は聞いた。


一方その頃、はかごめの家にいた。は意外と成績が良かったので、放課後高校受験とテストを目前に控えたかごめへ勉強を教えていたのだ。そのため奈落の家に行く時間がなくなっていた。もちろん曲霊は知っていたし、白夜も知っていた。
「私ってそんなに桔梗に似てるかしら?」
かごめがノートに走らすペンを止めた。この二人にとって桔梗は共通のNGワードである。の恋人は桔梗に異様に固執しているし、その桔梗はかごめの恋人に恋横暴で、その単語を聞く度に二人の心労が増えるのであった。
「またなにか言われたの?」「言われたー。私は桔梗の代わりなんだって。何時も言われてることだけど、今回は何か、胸に突き刺さっちゃって。」「さんさぁ、」かごめは呆れたようにを見た。「突き刺さって当たり前。好きな人にそんなこと言われたらんだから。さんは我慢しすぎ、心広すぎ。」「そう?」「そうです。普通だったら別れてますよ。」「それは常々思ってる。」「…こう言っちゃあれですけど、何で付き合ってるんですか?」「何でだろ。」
かごめはため息を吐いて、再び問題を解き始めた。2人の類似点は、妥協を知っているところにあるし、恋愛は妥協よねと、思っている。その一方で彼女たちの恋人は妥協を知らない。妥協することがあったとしてもそれは稀で、やっぱり何かを諦めるのはこの可哀想な女の子たちだ。それでも一緒にいるのはそれだけ相手を想っているということで、その辺のことを彼女たちの恋人は知るべきだと周りの人間は常々感じている。
「かごめちゃん頑張るね。やっぱ、」言い掛けた台詞は途中で引っ込んだ。かごめが不満そうな目でを見ていたからだ。この子は若いのに目に力があって怖い、とは時々感じる。その目力は奈落も怯むほどであるが、2人はまだそれを知らない。
「犬夜叉が行ってるからとかじゃなくて、純粋に行きたいと思ったの。まぁ、あの犬夜叉でも楽しく通える学校なんだもん。いいなーって思ったの。」「なんか、誤解してごめんね。まぁ、年齢差は埋まらないもんね。悲しくなるなぁ。」かごめとは同時に肩を落とした。「さん今日ご飯食べてく?」「いや、いいやー毎回お世話になるの悪いし。」「えーみんな楽しみにしてるから遠慮することないのに。」「うーん、実は先約があって、」「奈落、さん?」「の親戚。曲霊が一緒にご飯食べようって。なんか裏がありそうだなぁ。」「確かにー。奈落さんが居たりして…」「それ、怖いなー。曲霊変なところで気を遣うからあり得そう。」「あの人目つき怖いですよね。」「うん、いつも喧嘩の原因になってる。あ、電話来た、そろそろ行くわ」ディスプレィを確認しただけで席を立つと、電話に出ることなくカーディガンのポケットにしまった。「じゃあまたよろしくお願いします」「うん、明日ねー」かごめは電話出ないのかなーと思ったが、特に聞きはしなかった。

約束の場所に行くとガラの悪い同級生でなく、性格の悪い社会人がいた。その足下に大量の煙草の吸い殻があるのを発見したは不思議な気持ちになる。別に怒られるとかは思ってないし、怖くない。奈落と付き合うにはそれくらいの図々しさも必要である。ただこの人は相当に馬鹿なんだろうなぁと思う。相当な馬鹿と付き合っている自分はもっと馬鹿なのかもしれない、とも。「曲霊は、」「来ない」久しぶりに会った恋人の最初の一言が小憎たらしい居候の名前で奈落は余計に苛ついた。今日も、と会う約束をしていながらギリギリまで自分に教えなかった。と同じクラスということも憎たらしい。「奈落、」煙草の吸い殻を踏みつけて歩み寄ると、彼は先日の恐怖からか寒さから肩を震わせた。は無視して、奈落の肩に手をかけ、つま先で立って、口づける。寒さのために頬の赤くなったが奈落を見上げた。「奈落の作ったものが、食べたい。」唇が触れ合う距離で呟かれた。「それで許してあげる。」そのまま男を抱きしめれば、コートが冷たかった。「ふ、貴様が許すなどと言えた立場か。1週間も顔を見せずにいたくせに。」の頭に顎を載せた奈落はもういつも通りだった。ああ馬鹿だ。この人は馬鹿だ。私も馬鹿だ。でも好きだ。帰り道、手を繋ぎながらは思った。




愚鈍な子供


20110113
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