「兄貴、この女探してなかった?」
「・・どうしたの、これ。」
「路上で野たれ死んでたから拾って来たんだけど、いらなかった?」
その変化は弟であるキルアにさえ分からないほどの微かなものだった。イルミはその姿に少なからず動揺していた。この家から居なくなって以来、消息をまったく掴めていなかった女が弟に抱きかかえられて再び姿を現したからだ。
「そこ、おいといて」
素っ気ない兄の態度を不満に思いながらキルアが手放すと、どさりと、の肢体は床に転がった。キルアが兄貴にお土産があると言って持ってきたのは、昔ゾルディック家を脱走した女だった。 はむくりと起き上がると、床に手をついて上体を起こした。「キルア、くん、酷いよう。」
痛みで目を開けたの目の前にキルアはいなかった。代わりに真っ黒な目をした男がこちらをまじまじと見ているだけだった。





とイルミが邂逅したのは実に4年ぶりであった。久しぶりに出会った二人がする挨拶は限られている。もちろんイルミもの口から、「久しぶり、イルミ、逢いたかった」までもいかなくても、「びっくりした!」「あのときの・・・」「ここはどこ?」くらいは聞けると思っていたし、最悪の場合「あなたはだぁれ?」という言葉が飛び出すだろうと考えていた。しかしイルミと対峙したが考えたことは、この人は私にアルコールを供給してくれるかしら、ということであって、そのために背負うことになるリスクのことであった。だからはイルミが話しかけるまで、無言でにこにこしたままだった。ここがどこであろうと、目の前の男性がだれであろうと、には関係ないのだ。は能動的に記憶を思い出さない。そのためイルミを見ても、「この人とどこかであったことがあるだろうか」なんてことは考えない。また、「おや、この人はどこかで見たことがあるなぁ」と感じても、そこから発展しない。また、自分が陥った状況を把握しようとも、その原因を考えようともしない。の思考はそこで滞り、アルコールの中に溶けていってしまうのだ。彼女が何かを能動的に考えるとき、それはアルコールことであり、何年か前に死んだ師匠のことだけであった。






イルミがと初めて出会ったのは、ある歓楽街であった。しかし彼は女の子を買って、あはんうふんしようと考えていたわけではなかった。たまたま帰り道の途中にそれが存在していただけであって、イルミは特に気に求めていなかった。その日は仕事を終え、なんとなしに歓楽街を歩いていると、彼には珍しく1人の女の子が目に入った。その女の子は女性と言うには未熟で、しかし少女の時期は通り過ぎてしまった、まさに女の子、という言葉が似合う容姿をしていた。それがであった。はイルミの視線に気がつくとにへらと笑った。その顔はピンク色のベビードールを着て男を誘惑するには似つかわしくないものであった。まるで彼女は、「この服を着て、そこに立っていたら飴ちゃんをあげよう」と声をかけられた子供のようだった。「君、いくらなの?」イルミに声をかけられたはだらしなく破顔した。「お酒をたくさん!くれればいいよ。」飴をいっぱいあげれば付いてきそうな顔であった。イルミはいつの間にかにの手を引いていた。その手が小さく震えていて、男は彼女の怯えを想像した。しかし、彼女を何度も買う内にそれがただのアルコール切れであったことが発覚し、あのときの横顔に感じた憂いは何であったのかと切なくなるのであった。
そのこともあって、イルミはこの女の子は何となく処女もしくは、初めての客引きだろうと思っていたが、もちろん全然そんなことはなかった。彼はちょっと驚きながら、彼女と別れた。その次の日もイルミがたまたま通るとはいた。やっぱり何も知らないような顔をして、そこに立っていた。イルミを見ても特に歩み寄る素振りも見せず、昨日のことがまるで無かったかのような透明さであった。狐につままれた気持ちになった。思わずイルミはまた買ってしまった。2回目に抱いたとき、彼は女の子にちょっと酷いことをした。もちろん昨日のことを忘れたような振る舞いが、少し悔しかったせいもある。は笑ったまま、イルミのした酷いことを受け入れた。情事後、汗ばんだの額に張り付いた前髪を払う。汗まで透明な女の子は、後ろが透けて見えそうなほどクリアな笑顔でそれに答える。おかげでイルミは少し前の出来事が幻になってしまった。「商売だから笑って許せるの?」「商売?なにを、?」「さっきみたいなこと」の体に付いた傷をなぞる。はくすぐったそうに笑うと、「私、商売なんてしてないよ。」
それからイルミはその道を通るたびを買うようになってしまった。以後彼の行う酷いことも加速していったのだが、はそれを笑って受け入れた。イルミは笑って自身の暴力を受け取るの中に母性愛を見出すようになっていた。ただ、は母性を持ってイルミを愛していたわけではない。彼女が暴力を受けるときに感じるのは、快楽だけであり、アルコールのことであった。は徹底して受動的であった。彼女からしてみれば暴力に抵抗することさえも、ましてや痛がることさえもアルコールの甘い毒の中に溶けだすものでしかなかった。彼女にとって受け入れることは快感であり、受け入れることでしか世界と接触するすべがなかったのだ。
やがてもイルミの顔を覚えるようになって、見かけると手を振ったり、ご飯を一緒にたべるようになったりした。そんなことを繰り返す内買うことに煩わしさを覚えたイルミはを自宅に持ち帰り愛でることにした。これがの言うところの監禁プレイ事件である。
そこでの生活は想像するよりもハードなものであった。イルミの母親から「この泥棒猫!」「汚らしい売女だこと!」と罵られ、いじめられた。イルミには夜な夜な拷問ともつかない激しい愛情を受けていた。それを心配したキルアは弟とともに様子を見に行ったりしたが、怪我はあるもののきょとんとした女の子を見て肩すかしを食らった気分になった。それに2人の間にはなにも殺伐した雰囲気があった分ではなかったので、「どーでもいいや!」と踵を返したのである。実際2人の仲は良かった。
何か食べたい物とかある?」「お酒かな?」に今日買ってきたばかりのドレスを着せながらイルミは尋ねる。「お酒は食べ物じゃなくない」「んー、じゃあ、サラダ!お酒とサラダって最高においしいよね!」をベッドの縁に腰掛けさせ、髪の毛をいじる。イルミはを自分好みにカスタマイズするのが楽しかった。さらに言えば後でそれを乱すのが自分だと言うのが彼の心を湧き立たせていた。「わかった」前髪をワックスで整え終えたところで、上目づかいでこちら見ていたと目があった。「出来たよ」そのままに深く口づける。

その後彼女は何となくイルミの元を抜け出すが、彼はそれが酷いことをしすぎたためだと思っていない。イルミは彼女が何をしても許すことを知っている。





蕩けるけもの

20110628
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