照りつける日差しがイルミの黒い髪をじりじりと焼いている。滅多に汗をかかない彼の額を透明な液体が滑り落ちていく。死体の山に埋もれたを捜すイルミは、何時になく苛ついていた。不意に現れた手練の3人組を捌きながら、広大な砂漠の中に消えた少女を捜すことは、気の遠くなるようなことに思えた。普段なら捨ておく場面だが、少女はで、イルミはにとろけている。そんなわけで、イルミは結構必死に戦い、そしてを求めていたのだった。
そもそもはが言い出したことだった。久しぶりにお外へ行きたいの、アルコールで惚けたの提案に同意した自分をイルミは激しく後悔していた。我が家業には付き物の、大量虐殺の仕事にを連れて来たのは間違いでしかなかった。
戦いが始まる前、イルミは町から離れたこの砂漠で249人の人間を殺し終えたばかりだった。そして、その積まれた死体の上に、ぼんやりと腰掛けているを見ていた。真っ黒なドレスの裾は死体へ被さり、血を吸って重くなっている。当の本人は真っ青な空と小さな緑のオアシスを背に、琥珀色の瓶へ口付けていた。イルミはゆっくりと息を吐き出す。うん、喪服をイメージしたドレスにしたのは正解だった。黒色のAラインのドレス、艶やかなシルクの布は、の首を覆い尽くし、首の後ろにはリボンがあしらわれている。深く入ったスリットには黒いレースを縁取られている。四角の隙間から見える白い肌が酷く扇情的だ。欲を言えば、場所は教会の方が良かったな。ここに来る途中で見た、あそこがいいかもしれない。町の中心部にある教会を思い出す。そこなら、今のがもっと生える。帰りに寄ろうか。死体の上に腰掛けると、色鮮やかなステンドグラス。見つめるマリア像。良いかもしれない。表情は変わらなかったが、イルミはうっとりしていた。
ここまでのイルミはを連れてきたことを後悔していなかった。むしろ連れてきて良かった、とさえ思っていた。事態が急変したのはこの後だった。血の匂いに釣られて3人の獣が現れたのだ。自分の世界に入り込んでいたイルミは、気が付くのが一瞬遅れた。気配の方向へ視線を向けた時、彼らはもうそばまで来ていた。獣は金髪の男と、メガネの女、つり目の女の3人組だった。驚愕の色を含んだ瞳が自分たちを捉えた。そして、悍ましいことに、やつらはの名前を呼んだのだった。気がついたは、ゆっくりと、瞳を大きく瞬いて、ピンク色の唇で言葉を形作ろうとした、その表情は、親しいものに向ける色をたっぷり含んだそれは、彼の知っているには出来ないものはずだった。それはイルミにとって、好ましいものではなかった。自分と再会した時の、他人の顔のが浮かんで、彼の胸は焼けるような苦しみに襲われた。その間、目の前の敵はに言葉を投げつけていたが、イルミは聞き取ることが出来なかった。雑音のような中で、帰ろうという言葉を拾ったのを皮切りに、イルミのスイッチが切り替わった。を奪われてはいけない。そのまま、イルミは敵と戦闘に突入し、攻撃を受けたは敢え無く巻き込まれ、どこかへ飛んでいったのだ。焦って円を広げて見たが、の気配はなかった。途端にイルミの思考が黒く塗りつぶされた。つり目の女が放った糸のようなものが、イルミの頬を掠める。「、っ」この状況下で、イルミにはが彼らの手におちないことだけが大事だった。にもかかわらず、そのの姿が杳として確認出来ないことに、彼は焦りを隠せなかった。もし、が奴らに奪われてしまったら。彼女は奴らの胸に飛び込んで、ただいまと笑うだろうか、そんな風景が脳裏に浮かんでは、イルミを苛める。幸い、彼女を見つけられないのは向こうも同じようだ、円と円がぶつかる感覚が気持ち悪い。イルミは必死に死体の山を探る。しかし、は一向に見つからなかった。

ところで、一仕事終えたイルミとの前に現れたのはシャルナークとシズク、マチであった。ある教会に欲しいものがあって、それを奪った帰り、なにやら楽しそうなにおいがしたものだから、町から少し離れたところにある砂漠を訪れたのだった。歩いた先に見えたのは、ぽかんと浮かんだ湖と、その周囲で栄える緑たち。小さなオアシス。そこに、黒い長髪の男と、見覚えのある横顔があった。服装のためか一瞬気がつかなかったが、独特の、淫蕩と退廃がごちゃごちゃに混ざり合ったあの眼差しは、しかいない。シャルナークが微笑むのと同時に、マチとシズクの表情にも一瞬の、変化が生まれた。長髪の男は気が付いたようで、こちらを見つめる。黒い大きな瞳が特徴的だ。あいつがに、あんな恰好をさせているのか、いい趣味してやがる。は黒を貴重としたドレスを着ていた。首までかっちりと覆われたもので、裾は地面に着くほどに長いが、深いスリットが入っている。そこから、レースに包まれた白い太股が霰もなく見えている。だらしない。らしい、けど。頭にはレースのかかった帽子をのっていて、まるで未亡人のようだ。それは彼らの知らない少女の顔であった。黒いレースの手袋の指がビール瓶の滴を弾いている。は3人にまだ気が付いていない。似合わないな、とシャルナークは思った。は馬鹿みたいにだぼだぼで、裾の伸びただらしないTシャツが似合う。少し染みの入った汚い奴が良い、絶対ね。「似合わない格好してるわね。」マチがそう言ったので、シャルナークは声を殺して笑った。それに気が付いたが惚けた顔でこちらを振り向いて、マ、の形に口を開けた。自分たちを見るの表情は、見たことのないものだった。けれども、暖かくて、懐かしい、陽だまりのような。「何してるの、こんなとこで。」辺りをぐるりと見回してマチが尋ねると、は困ったように首を傾けた。「ビール、アジトにたくさん積んであるから、」その続きを喋ろうとしてシャルナークは留まった。胸が震える。「団長も探してるから、帰ろうよー。」その続きを、シズクがあっさりと呼びかける。おかしな言い方だ、探してるとか、帰るとか。笑いが堪えられなくなって吹き出すと、マチがじろりとこちらを見た。マチもわかってるみたいだ。最初は奴隷でしかなかったが僕らの隙間に入り込んでいることを。なんとなくペットセラピーを思い出す。「は渡さない。」しずくの言葉に反応したらしく、黒髪の男が言い放ち、それが戦闘の合図だった。シズクのデメちゃんが男と死体の山へ突っ込む。その反動で、は器用にどこかへ飛んで行ったのだった。衝撃で大きな爆発が起こり、太陽の集まる砂漠で、オアシスは炎を上げた。そこを拠り所としていた鳥たちは、ぴいぴいと悲痛な声を上げ、逃げ道を求め散り散りに飛んでいる。

は記憶を遠い昔にするのが、得意だった。誰の顔も曖昧で、時間の感覚なんてなくて、濃霧の中を彷徨うみたいに生きていた。なのに。今自分が感じたことは、これまでの世界では考えられないことだった。結果、自分の現実を受け入れられず、はゆるやかに混乱していた。その煩わしさに彼女の活動は一時的に動きを止め、精神は思考の海へ、身体は死体の暗闇に埋もれてしまっていた。そのため、イルミやシャルナークの円をすり抜ける、非常に見つかりにくい存在となっていたのだ。楽観的で、アルコールに溶けた彼女に直撃したもの、それは。は旅団の元主人たちを見た時、瞬時に全員の名前と、楽しかった記憶が浮かんだ。衝撃だった。他人をみて、そんなことを思ったことがなかったからだ。は、生みの親とすれ違ったとしても絶対にわからない。わからないようにしていた。みんなの顔はこんなに、鮮やかに浮かぶなんて。あまりのことに惚けたは死体の山に飛ばされたのだった。冷たい人間たちの中で、はゆっくり気持ちを整理する。私は彼らを忘れていない、何一つ忘れていない。理解した瞬間、周りを覆う肉塊が弾けた。
の能力の本質は人形作りではない。自分の血と、他人が混ざることで肉体的・精神的に繋がり、それを支配することだった。ただし、誓約も多い。第一に生きている人間とは繋がれない。生きている人間の腐敗物からコピーを作れても、人間そのものを支配は出来ない。死んだ人間の一部でも同じことが可能のため、はそれを能力として、生計の糧にしていた。今、何十年ぶりかに彼女の能力は本物になった。飛散したの血液と混じりあった死体は膨らみ、周囲を吸収し、一つの生き物を形作った。頭の理解に心が追いつかない、のストレスの形であった。
突如現れた死体の山を呆然と彼らは見つめた。蠢く黒い山は、彼らの言葉を奪い、好奇心に火を点けた。
自分が、他人に執着するなんて初めてだった。師匠は執着ではなく、ライフワークであり指針であった。他人に、人に、人間に、こんなに心を揺さぶられるなんて。瞬きをした端から、世界が色づいていく。シャルナークさんの金髪が炎に染まって煌めくのも、マチちゃんの糸が周囲の色を受けてきらきらするのも、シズクさんの大きな眼鏡に私が映って輝くのも、全部全部初めてで、息が出来ないくらい強烈で。熱された空気が瞳をじりじり焼くのに、私は閉じることが出来ない。世界は美しい。そう思えるのは、彼らがいるから。
気づいた瞬間、の後ろで膨らみすぎた死体の塊は破裂した。まるで、の世界が、色が広がるように遠くへ。
「みんなに会いたかった」
焼ける肉の臭い。戦闘音。ぐちゃぐちゃの死体の山の一番上、人生で初めてのの心からの言葉だった。



毀れる野花

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