冬の寒さが、本のページをめくる刃霧の指を鈍らせた。椅子に腰かけ、読書をする彼の姿はこの空間に似つかわしく、怜悧な雰囲気を演出していた。ところが、その場に似つかわしくない甘い香りが乾いた空気とともに部屋を包んだ。刃霧は顔をしかめる 。ぺたっぺたっという湿気を含んだ足音と共に、ピンク色のカーテンがめくられて、においの原因が現れる。「あれ、樹は?」鼻にかかる甘い声。本人は意識していないのかもしれない、けれど刃霧はそれが気に食わなかった。「出掛けた。」その返答にはえー、と不満そうだ。「お前の起きるのが遅いせいだろ」露骨に不機嫌な顔をする刃霧を無視して、は隣の椅子に座った。盛大に舌打ちが聞こえたが、は気にしない。は刃霧のことを反抗期の中学生だと認識している。刃霧はのそういうところも気に食わなかった。近寄られたせいで、女のにおいが一層濃くなった。横目でなんとなしに伺うと、刃霧の敬愛する仙水の黒いセーターをだらしなく着ていた。露出する肩や首には歯型が残されている。そして、の気だるげに伏せられた長い睫に、刃霧は昨夜なにがあったかを想像してしまう。そこには、刃霧の考える仙水はいない。だから刃霧はが嫌いだ。剥き出しの膝を眺めながら、彼は唇を噛みしめた。


柔らかい髪の毛がシーツへ、乱暴に散らばった。ベッドのスプリングがぎしぎしと、さびた音をたてる。事もなげにカズヤはのキャミワンピースを引き裂いた。露わになった胸元へ「色気のない胸だな」と、カズヤが吐き捨てる。そのまま思いやりなく胸を揉む。「やめて、」言葉だけで抵抗したの睫は気だるげに伏せられたまま、男を見ようともしない。「感じてんのか、この淫乱が」胸の頂点を執拗に攻めながら、カズヤが囁く。「やめて、」「なあ、忍とはしてるんだろ」獣臭い男の息が耳元にかかる。「いいじゃねえか」そのまま噛みつかれた。耳がもげるかと思った。「やめて」カズヤはを気にすることなく噛み続ける。忍はあんなにも上品なのに。「カズヤは忍じゃないよ、」ぎゃははははははは、カズヤの下品な笑い声が部屋に響いた。「確かに!俺は忍じゃねぇ!!!」何が面白いのかに跨ったままカズヤは笑い続ける。「でも体は一緒なんだぜ」「お前のよく知ってる体だろ?」「あぁ、今はもう忘れちまったか」「忍はお前を抱いたりしないもんなあ」「だから、俺が慰めてやってるんだろうが、なぁ」「忍の体なら何でもいいんだろう、この売女がよぉ」カズヤの興奮した声だけが部屋に木霊した。その間の瞳がカズヤを映すことはなかった。けれど、カズヤの指先が彼女の太ももをなぞった瞬間、の瞳はカズヤを正面からとらえた。を包む雰囲気が変わった。強い力でカズヤの手を払いのける。「体は一緒でもカズヤは忍じゃない。私、忍以外に股を開く気ないの」「おいで、」主人に呼ばれて盲目の魚が吠える。愛しい主人を蹂躙する輩へ従僕の怒りは頂点に達していた。「お互いただじゃ済まないよ」「…ちっ。ムキになりやがって。」首を掴まれて、壁に投げ飛ばされる。がん、と鈍い音がした。魚が心配そうに、守るようにへ寄り添った。「興ざめだ。」俺は寝る、の言葉でスイッチが切り替わる。「忍、」久しぶりに現れた愛しい恋人にの目が輝いた。忍はきらきらの瞳のの頭を撫でた。そして、カズヤに噛まれた部分へ触れる。「すまないな。」「平気だよ。」忍の首に腕をまわす。「カズヤは、」ちゅっ、言葉をかき消す。「分かってる」カズヤが性的な行為を出来る人間は私くらいしかいないこと。それでも、させないのは、ね。


溶けたバニラアイスがスプーンからこぼれて、セーターを汚した。「あーあー」刃霧は急いでそれをティッシュで拭う。「ありがとうー」「仙水さんの物を汚すな。」「冬は寒いねー要ちゃん。」今にも殴りかかりそうな刃霧を気にせずは言葉を紡いだ。本日2度目の舌打ちが聞こえたが、それすら気にしない。は椅子から飛び出た足をふらふらさせている。「寒いならアイス食わなきゃいいだろ。」いらいらしながら答える。せめてセーターを脱げ。再びスプーンから溢れそうなアイスを見ながら。
起きたのか」外出していた仙水が、ドアから顔をのぞかせた。の顔が輝く。「仙水、」仙水の背中へは飛びついた。あの日から忍がを抱くことはない。髪を触る、抱き締める、唇を合わせる、それでも忍は決して。「昨日はカズヤがすまなかったな。」刃霧に聞こえない角度と音量で、ミノルが囁いた。は笑った。昔、忍はの上で嘔吐した。ごめん、と泣いた。はそれ以来、彼を求めることはない。「気にしてないよ。」





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