思えば、
(私は実のところ忍のことも樹のことも何も知らなかったのかもしれないし、知りすぎたが故の傲慢だったのかもしれない。忍は私を何より愛してくれたし、樹は私を大事にしてくれた。私は彼らの希望であり、大切な宝物だった。だからこそ、2人は最後の最後で、あのような決断をしたのだろうか。3人と人間と暮らしている間に、忍と樹は疑問に気付いたのかもしれない。けれども、私は何より彼ら2人を愛していた。3人で過ごした日々は、この短い人生の中で最も輝いていた。その背景に、薄暗い、不幸の影があったとしても。3人の幸せが、忍の幸せだと思っていた。だって、私は、心の底から、忍という、男の子を幸せにしたかった。)
浦飯たちと、同じ学校に通え、奴らの近くで、奴らを監視しろ。冬の終わりに忍がそう指示した真意がどこにあるのか、私は知る由もなかった。私は従順で、忍の言うとおりに彼らと仲良くなった。昨日まで一緒に笑い合っていたクラスメイトが、ラスボスと微笑みあうのを見るのはどんな気持ちなのだろうか。ソファ越しに彼らを見る。「やあ!」手を挙げて笑う。洞窟の最深部へ乗り込んできた友人たちは、私を認めて、それぞれの反応を示した。「・・・まじかよ」桑原がそう力なく呟く。幽助は黙ったままだった。ぼたんちゃんはいない、のか。私の出番は一瞬で、そのあとはシナリオ通り。ミノルが、淡々と、状況を説明する。そして、桑原を餌に、裏男で彼らを飲み込む。樹と、私と、彼らは同じ空間に漂う。やがて樹の気持ち悪い忍への愛情が語られた。これは予想外。若干引く。「!!お前気持ち悪くないのかよ!」桑原が叫んだ。「樹の告白にはとても気持ち悪さを感じている!」「傷つくな。」樹は嬉しそうににやにやしている。「なら、なんでなんだよ!だいたいお前は仙水に命令されて俺らといたのかよ!」一瞬脳裏に学生生活特有の気怠さが過ぎる。「そうだよ、」笑う。桑原の顔に絶望と、怒りが浮かぶ。「俺も、浦飯もお前のこと、」そんな桑原を抑えたのは蔵馬だった。「お前の役目は俺たちを見張ることだったのか?」「うん、ごめんね!」蔵馬が顎に手をかけた。何か、気になることのある顔だ。「・・・おかしいな。」「おかしい?」「だって、そうだろう、」「あぁ、浦飯が負けそうだ。」蔵馬の言葉は樹によって遮られる。外を見ると、幽助が地に伏していた。



思えば、
(私は盲目的だったのだ。忍は人間を憎む。良かった。私は人間じゃない。忍は妖怪を憎む。ああ良かった。私は妖怪じゃない。じゃあ?)
忍と幽助の仲間たちが魔界へ消えて行った。私は樹とともに、忍の向かった先へ移動した。裏男の目を通じて、彼らの戦いのを眺めた。忍の圧倒的な力が3人を襲っていた。まるで、世界の終焉のような光景。実際、忍が勝てば一つの世界は終わりを迎えるのだ。そんなことは全然、怖くないのに。「樹、」心細くなって、父を呼ぶと、いつもと変わらぬ態度で頭を撫でてくれた。
突然、恐ろしく強大な妖気のにおいがして、魔界の濁った空を何かが切り裂いた。雷に紛れて、死んだはずの人間が「幽助?」「魔族大隔世・・・、か・・。」樹の声は冷静だった。「知ってたの?」「知らなかった、俺も、忍も。」忍と幽助は、目で追いつくことの出来ないスピードで戦いを展開していった。瞬きを終える間で、決着がついてしまいそうな程の。やがて、正義のヒーローよろしく現れた幽助と、忍はもつれ合って、遠くへ消えて行った。戦いの後だけが、生々しく大地に刻まれていた。遠くに、彼らの激しさを表すように竜巻が起こっていた。
やがて、忍は幽助に押され始めた。そして、忍は彼に遠くへ、撃ち飛ばれた。「忍!」身を乗り出した私を、樹が抑えた。「さぁ、行こう。」血色の悪い唇が動いて、気味の悪い言葉が辺りに残された。
戦いの現場に辿りついたとき、裏男の瞳は、魔界の大地に仰向けで倒れる忍を映した。樹が空間を開け放つ。裏男の異次元へ流れ込む、魔界の空気。
魔界の空気は懐かしかった。障気、におい、妖怪。飛び出した体へ、纏わりつく。眩暈を起こしそうな、私が拒否しているのはこの光景なのか、それとも。忍の元へ駆ける。ぼろぼろの忍を抱きしめた。忍は笑っていた。樹の声が響いた。「どうせ あと半月足らずの命なんだ」敵の喧騒が、背後へ聞こえる。言葉は捉えられず、ざわざわと、がやがやと。覚悟していたはずなのに。忍がゆったりと語りだす。その一言ひとことを、全部、記憶する。そして、決して思い出さない。聞いた瞬間に、溶けて、記憶へ。でも、残っていた。「魔族に生まれますように」と忍は言った後、私の耳元で、「ごめん」と小さく呟いた。その音色は、彼が人間だった頃に似ていた。
私は忍を抱きしめたまま、樹と共に異界へ消える、それこそ私たちが決めた旅の終わりだった。忍の頭を膝へ乗せる。死んだばかりの忍の体はまだ温かかった。この温もりはやがて消える。霊界には行きたくないと言った忍の魂はどこにいくのだろうか。彼の魂は7人分なのだろうか。忍の硬質な髪の毛を指でとかす。ポマードが指に絡みついた。それさえも愛おしい。さっきまでの絶望とまるきり反対の、幸福に包まれていた。忍が、思った通りにことが進んだこと。忍が、すべての苦しみから解放されたこと。そしして、私たち3人がここにいること。それらが幸福を物語っていた。
それでも、恐ろしいことはあった。忍が死んだこと。そして、樹がずっと黙って、私を見ていたこと。樹は、もともと顔の造詣が整っていたけれど、今、私を窺う樹の美しさは際立っていた。彼が私を眺めるたび、背中から、足の先まで、ぞくぞくと、悪寒が駆け巡る。やがて、裏男の目を通して何かを見ていた樹が、手招きで私を呼んだ。その表情は、いつもの樹で安心する。忍を従僕に預け彼の元へ近寄ると、頬を撫でられた。ぬるい体温だった。まるで樹を体現するかのような。「俺は、お前のことを愛していた。忍と同じくらいに。」驚いて樹を見つめると、父が忍を紹介したのと同じ表情だった。そして、父の唇が私の唇に触れた。初めての。「お前は人間だ。」樹が、自嘲的でもなく、不敵でもなく、自虐でもなく、笑った。それから、私の肩を押した。開かれる外界への扉。体が、魔界の空へ落とされた。慌てた様子で従僕が割れ目から飛び出した。だけど、私の頭には、初めて見た、父の顔が、言葉が、なにもでなかった、樹、樹、私の父、忍忍忍、私のすべ、て。
空中を漂う時間はとても長く感じられた。1秒が、何時間にも、何百時間にも引き伸ばされたような。このまま地面に叩き付けられる、それがいい。私は魚を手で制する。従僕の悲痛な声が木霊した。柔らかな衝撃があった。一つの、憎悪に満ち溢れた人間の構成物質が魔界へぶちまけることはなかった。私は幽助に抱きしめられていた。「あ、あ、」樹の、言葉が。霊界獣は人間界の入り口を目指し、空を飛ぶ。「あ、あああ、ああ、」頭を、駆け巡る。お前は人間「ああああ、あああああああああああああああああ!」わたしはにんにんにんんんんんげんんんんんんんん!忍の、もっとも、そこでの記憶は途切れた。




しろいはな



20120812
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